電球換えたついでに始めたブログ

面倒くさがりな僕が1年ぶりに電球を替えたついでに始めたブログ。

6本目:パラサイト 半地下の家族

明暗が変転する。

暗闇を抜ける出口のような強い明かりが消え、

やさしい光が全身を包み自らの存在を確認する。

自己を確認し、

まだ画面から離れようとしない目を

無理矢理に動かす。

いつしか座席と一体となった背中の

背骨と皮が擦れる摩擦を感じながら、

座席との別れを惜しむように

立ち上がろうとする。

わずかに痺れる尻を持ち上げると、

ひざから下を失ったかのような

浮遊感が襲ってくる。

自分がなぜ立てているのか

理解が追い付かないまま、

帰路に就く。

膝から下が消えたまま、

自宅の椅子に座る。

机の上で冷たくなった

パソコンを叩き起こし、

鍵盤をたたきだすと、

理解が追い付いてきた。

僕はとんでもない映画を見てしまったと、

そして、

それを完璧に表現するには

語彙があまりにも足りないことに。

 

どうもこんばんは。

木戸將翔です。

 

年間300本の映画を見て、

その感想を書きとめようと始めたこの試み。

6本目は韓国の映画

『パラサイト 半地下の家族』です。

 

この映画はネタバレ厳禁。

韓国版ジョーカーなんて知性の欠片も感じない

野蛮な感想は書かないようにしようと思う。

 

舞台は韓国のどこか。

半地下に住む貧しい家族の長男が、

丘の上の豪邸で家庭教師を始めるところから

物語が始まる。

 

韓国の貧富の格差が

えげつないくらい理解できる。

家の中で唯一電波が入る場所がトイレで

そこに二人で入って携帯を見る兄妹。

しかも、半地下なので便座が天井付近にある。

一方で、アメリカから入手したインディアンの

弓矢で遊ぶ子供。

個人的に一番好きなシーンは

半地下の妹が、

洪水によって汚水が噴き出すトイレの蓋上で

煙草を吸う場面だ。

最高にクールだし、救いがない。

 

この映画の前半の喜劇的な部分が

すべて裏切られる後半に唖然とするだろう。

 

見た後、

自らの足を支える地面が崩れるような感覚が。

自分が明日突然いなくなっても

誰も何も気にしないのではないかという恐怖が。

誰にも必要とされず、目にも止まらず

死んでいく虚しさが。

それでも笑い続けるしかない滑稽さが。

全身を襲うだろう。

でも、見てほしい。

誰もが登場人物になりえるのだ。

明日は我が身だ。

 

精密に狂わされた計画的な破滅。

なんて表現をしたくなるくらいに

観賞後の浮遊感に酔い吐きそうになる。

そんな映画でした。

 

では。