電球換えたついでに始めたブログ

面倒くさがりな僕が1年ぶりに電球を替えたついでに始めたブログ。

電球#128 積み重ね

それぞれの想いを持ち寄って

作られた輪の中では、

まさしく全員が主人公だった。

 

どうも、

僕です。

 

僕が大好きな徳島の夏

阿波踊りが終わりました。

普段一緒に活動しているメンバーとの

阿波踊りの期間はかけがえのない大切な

過去になってしまいました。

 

始めたことには終わりがあるので

しょうがないんですけど、

できればこのメンバーでずっと

一緒に活動していきたかったですね。

 

皆それぞれに

大切な場所と時間があるので、

別れは必然ですよね。

寂しい。

 

一緒にいたのは24時間くらいですけど、

それぞれの糸が同じ時に同じ場所で絡んだことを

大切な出来事だと思ってくれたらうれしいですね。

 

僕が所属団体で阿波踊りを始めてから

3年が経ちますけど、

同じ時間は一度もなくて

年々輝きを増していきます。

 

面白いことに、

全員がそういうんですよね。

「去年よりも楽しかった」

「今年の方がより熱かった」

 

毎年新しいコンテンツに挑戦したり

新しいメンバーだったり

違った困難があったり。

 

目に見えやすい原因はあるんですけど、

本質的には積み重ねだと思うんですよね。

 

阿波踊りだけの団体ではないので、

普段の活動で顔を合わせたり

そこで生まれる信頼関係など。

 

それらの積み重ねの結果が

阿波踊り期間のような

普段の活動よりも濃密な時間を過ごすことで

顕著に見えてくるのかなと。

 

ってのも、

僕は大学の入りたての頃は

人と距離を詰めることが苦手で

表情が見えにくい仮面の下から

どんな人間がウケるのか相手を伺うほど

自分に自信がなくて自己表現が苦手でした。

 

まぁ、うちの代表が大人のくせに

一番の子供のような一面を持っている人なので

面白いことが好きなんですが、

僕は面白くないわけですよ。

 

だから、人がしたイジリを真似してみたり

面白くボケられないからツッコミに回ったり

面白くない自分を隠して顔色を窺っていると

出てくる意見も顔色を窺ったものになるわけで

「よかった今の意見は『正解』だった」

みたいな安堵もいつしか持つようになって。

 

ただ、そんな僕にも自分らしさは

どこかにあったみたいで

そんな雫のような自分らしさが無意識に出ていて。

 

団体という岩の表面を撫でていただけの

自分らしさの雫は4年弱かけて

気づいたら岩を穿ち新しい穴を作り浸透し

岩を形作るファクターの一部になっていました。

 

これが積み重ね。

 

自分が形作った団体の中にいて楽しくないわけ

ないですよね。

 

今回の阿波踊りでそんなことに気づきました。

皆どう思ってるんだろう。

 

これは、僕の団体だけではなく

他の色々なところでも

言えることだと思うんですよねぇ。

 

今までは雫のような

自分らしさの出し方でしたが、

心の蛇口のひねり方次第で

穿つ速さは変わるんじゃないかな。

その分他の抵抗も大きくなるだろうけど。

 

誰も触れていない部分を穿ちたいですね。

 

では、また。